歴史好きも唸らせる三谷幸喜さんのユーモアあふれる大河ドラマ「真田丸」の序盤感想


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大河ドラマ真田丸」ですが、3作まで拝見させて頂いて、ちょっと個人的に感想を。
皆様、色々なご意見をお持ちだと思いますが、私なりに感じたことを記載させて頂きます。

2話目でしたかね?
徳川家康の重臣・石川数正に「徳川家に裏切るような者はおりません」と言わせたのには驚きました。
さすが三谷幸喜さんの脚本です。
この言葉の意味がすぐわかった方もおらるでしょうし、余り良く知らない方もおられるでしょうが、盤石であるように見える徳川家も、のち、そのセリフを言った本人・石川数正は徳川家康を裏切ります。
出奔して、豊臣秀吉に仕えようとします。
すなわち、単なるセリフなのではなく、あとになって「あの言葉を言っていたのに~」となるような、かなり凝ったセリフの意味なのです。
なので、逆に歴史に詳しい方は、すごく、おもしろくて、ワクワクする時代劇ドラマになっていると思います。

そうかと思えば、大泉洋さんが、父・真田昌幸に「すぐ騙される」様子は、まるで「水曜どうでしょう」を見ているようですよね?
死んだはずの佐助が出てくるなど「ドッキリ」に引っ掛かって、驚く有り様なども、まさにそうです。

2本の「こより」を差し出されて「選べ」と言われ、うろたえる大泉洋さんも「水曜どうでしょう」の表現に似ています。
そして、何も知らされたいなかった大泉洋さんが落ち込んでいたり、おだてられて調子に乗るところも・・。

恐らく、三谷幸喜さんは、その辺りは歴史に詳しくない若者なども喜ばせてあげようと言う、チャメッけたっぷりな考えだったのか、どうかはわかりませんが?

すでにTwitterなどでは「#真田丸どうでしょう」と言う、ハッシュタグが人気となっています。

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甲斐・善光寺から、どうやって逃げ延びたのかは不明ですが、小山田茂誠高遠城に現れると言う設定も非常に考えられています。

小山田茂誠は、真田家の家臣になり、石田小山田家である小山田昌成の子孫を称していたことから、数年前まで、郡内小山田家である小山田信茂とは別系統の小山田家と、ずっと考えられていました。
しかし、近年の研究から、郡内・小山田家の一族である小山田弾正家の子孫であると言う説が有力となっていることから、今回の「真田丸」でもその説が採用されています。
では、逃走している小山田茂誠が、なぜ、わざわざ「高遠城」に突然現れたと言う場面設定にしたのか?

これも、非常に興味をそそられる設定です。

恐らく、三谷幸喜さんは、さすがに良くご存じで、のちに石田小山田家の子孫だと自称することを見据えて、わざわざ高遠城に出したのだと思います。

石田小山田家の小山田虎満、小山田昌成、小山田大学助などは、高遠城にて仁科盛信と共に奮戦し、討死しており、石田小山田家が共に滅んだとも言える地が「高遠城」であるからです。
その高遠城を経由して、小県へと言ったと言う事は、ありえないとは思いますが、そうすることで、石田小山田家の子孫だと自称することを、より説明しやすくしている訳です。

いや~、その辺り、三谷さんはさすが憎いですね~。

もちろん、ドキュメンタリーではなく「ドラマ」ですので、フィクションの部分があり、ガチガチの歴史ドラマが好みの方は、言いたいことがあるかも知れません。
しかし、おもしくろする為に、フィクションが入るのは、もう、このご時世、しょうがないです。
江戸時代も、そうやって「水戸黄門」や「大岡越前」のような創作物語ができて、庶民を楽しませてきた訳です。

個人的には、真田丸の随所で、マイナーな武将もたくさん出していますし、史実において武将の動向がよくわからない部分も、歴史好きを納得させるような三谷さんなりの想像豊かな解釈が入っており、とても面白く感じる次第です。
このように、歴史好きでも、歴史に詳しくなくても、その両方で楽しめる作品になっていますので、これから視聴率も少しは上がって行くのではないでしょうか?

繰り返します。皆さま、様々なご意見お持ちだと存じます。
個人的な感想ですので、失礼な箇所や、皆様と解釈が異なる部分がございましたら、お詫び申し上げます。
また、おもしろい箇所を発見しましたら、ご報告させて頂こうと存じております。

最後までご高覧賜りまして、誠にありがとうございました。

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コメント

    • 上杉家中の越後武士
    • 2016年 1月 31日

    わたしも数正のセリフが印象的でした。にやりとしてしまいましたよ。三谷さんのこうした「歴史通むけのサービス」は近年の大河から消えていたので、今後も楽しみです。ただ、きょう(1月31日)の放送でとても残念なことがありました。本能寺の変の夜なのに、月がでていたのです。旧暦6月1日ですよ! まさか三谷脚本にト書きで「空には月齢20日の月」とは書かれていないでしょうから、制作スタッフの凡ミスですね。三谷さん、放映前にはチェックしてないんだろうな。時代考証の先生(「知恵泉」に出てる人?)は気づかなかったんでしょうか。だとしたら「時代考証」の意味がないですよね。考証の謝金は(わたしたちの受信料から)もらっているのかな?

    • たかだ
    • 2016年 2月 04日

    上杉家中の越後武士さま、コメントを賜りまして、誠にありがとうございます。
    出張しておりまして、対応が遅くなりました。お詫び申し上げます。
    時代考証は、先生が3人もいるのに、ご指摘のとおり、ちょっとおかしい?所があると、小生も感じております。
    月が出ている/いないまでは、すみません、気が付きませんでしたが、明智光秀の衣装に関しても、あの時代、あんな恰好はしていないはずなのですが、三谷さんの「ジョーク」とも受け取れるし、なかなか判断が難しい部分がありますよね?
    また、お気づきの点がございましたら、是非、教えて下さい。

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