5分でわかる「大久保利通」~みんなに説明できるコンパクト人物伝・大久保正助

大久保利通

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大久保利通(おおくぼ-としみち)は江戸時代の末期(幕末)の薩摩藩士として1830年に生まれました。
最初は大久保正助(おおくぼ-しょうすけ)と言う名前です。
武士と申しましても、大久保家は下級藩士でしたが大久保正助は、西郷隆盛(西郷吉之助)ら近所の郷中の若手では頭脳明晰であったため、薩摩藩の記録所書役助と言う頭脳が必要な仕事を与えられます。
しかし、1850年のお由羅騒動にて父・大久保利世が遠島処分となったため、連座して大久保正助も謹慎となりました。
当時の謹慎と言うのは、今で言う給料なしと言う処分で、家の敷地内から外出することも禁じられましたので、大久保家は困窮します。
しかし、隣の西郷隆盛は親友として大久保利通を積極的に支援しました。
島津斉彬(しまづ-なりあきら)が薩摩藩主になると、やがて謹慎処分は取り消されて、1857年には西郷隆盛と共に徒目付になります。

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徒目付(かちめつけ)と言うのは、戦国時代で言えば、豊臣秀吉が出世するキッカケとなった草履取りのような雑務をする仕事です。
優秀だった大久保利通は、瞬くまに出世して、5年ほどで藩の政治にも加わるようになり、島津久光を擁立すると名を賜って大久保一蔵と改めました。

その後、京に上っては公家・岩倉具視などと公武合体と言う朝廷と江戸幕府の関係を強化する政策を進めます。
また、西郷隆盛が島津久光に嫌われて、沖永良部島に島流しになった際には、西郷隆盛の必要性を島津久光に説得し、復帰させています。
その後、大久保利通と西郷隆盛は、小松帯刀らと薩摩藩を武力による倒幕へと向かわせて、長州藩の桂小五郎とも薩長同盟を結び、徳川幕府に対抗するようになりました。
そして、1867年、倒幕の密勅を朝廷から引き出すと、将軍・徳川慶喜が大政奉還をして、幕府の政治権限を天皇に返したため、今度は王政復古のクーデターを実行して「新政府の樹立」を宣言しました。
これに反発した徳川幕府側は、軍勢を京に集めたため、鳥羽伏見の戦いとなり戊辰戦争になりましたが、薩長らの新政府軍が勝利します。
そして、西郷隆盛が江戸城に迫ると、勝海舟と和睦して江戸城の無血開城をしましたが、これに、大久保利通はあくまでも武力で倒幕するべきと怒っています。

明治政府の中で大久保利通は参議・大蔵卿・内務卿と歴任すると、木戸孝允と共に版籍奉還・廃藩置県を行って新政府の基礎を固めました。
明治4年には、岩倉使節団の副使となってアメリカやヨーロッパの制度を視察します。
しかし、その間に西郷隆盛は征韓論板垣退助らと対立し、明治政府を辞めて鹿児島に戻ってしまいました。
日本に戻った大久保利通は、西郷隆盛の復帰を願いつつ、徴兵令など次々に新しい政策を打ち出します。
しかし、急性な変革は反対も多く、明治7年に佐賀の乱が勃発すると、自ら陸軍兵を率いて鎮圧も行いました。
明治10年、西郷隆盛が蜂起して西南戦争となると、大久保利通は京都に入って、新政府軍の指揮をとり、鎮圧しました。
その後、明治11年5月14日、明治天皇に謁見するため、霞ヶ関の自邸から馬車で出発した大久保利通は、士族6名に襲われ、16箇所の傷を負って刺殺されました。
当時、高官の移動には警察などの護衛はなく、この大久保利通暗殺をキッカケに護衛がつくようににっています。



大久保利通の葬儀は、日本史上で初めての国葬級の葬儀となっています。
また、大久保利通は西郷隆盛からの手紙を肌身離さず持っていたとされ、事件後には大山巌がその血染めの手紙を大切に保管しました。
もし、大久保利通は殺害されなければ、初代の総理大臣になっていたことでしょう。
しかし、急な改革を行おうとすると、このように反対勢力の大きな抵抗に合うことも、歴史から学ぶことができます。

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